最近思った事。
家族から「性同一性障害には見えない」「どう見ても女じゃん」のように言われたことが何度もあります。
「そういう細かいところ文句言うところとか女々しい!女っぽい!だからお前は女だ!」
みたいな言い方です。
でもそれって、もし僕が「最初から男」だったら、言われない言葉だと思います。
そういう性格の人ってたくさんいると思います。今だと、草食系男子?女子力高い男子?そういう性格が許されて、性同一性障害の性格が許されないんでしょうね。
そんなこと言ったらピンからキリじゃないか…そりゃあそうですよ!
僕からしてみれば、性格とか気質とか、そんなのはどうでもいいんです。
GIDでない男らしい性格の女性だっています。女々しい男性だっています。
問題は性格じゃなくて、自分の心と体の性別の違和感なんです。
曰く「女々しい」はずなのに、なんで僕はこんなに自分の体に嫌悪しなきゃいけないんですか?普通の、まったく嫌悪感のない男らしい性格の人が性同一性障害になるんですか?
嫌悪感があるから生きづらくて、自分の体を変えたいとまで思って。
そんなのを性格とか、趣味嗜好で判断しないでほしいと思います。
だからGIDには、
「女性らしい性格を持った男性の心の女性の体」の人や
「男性らしい性格を持った女性の心の男性の体」の人がいると思います。
でもそれじゃあ一般人には理解してもらえない。
無理して男勝りを演じたり、無理して女々しく演じないと理解してもらえない。
本当に「普通の人」がうらやましいです。
一般人からしたら普通じゃない僕たちは、いろんな事を考えます。
こう行動したら男性(女性)っぽいかな?とか、こういうセリフとかっぽくないかな?とか。
でもそれでも、理解できない人には「本当に」理解できないのかなとも最近思い始めました。
通院している先生にも言われました。
「理解できない人はいるから、そしたら『ああ、この人は理解できない人なんだ』って思うしかないよ」